杉原千畝の功績って?~なんで二回目の世界戦争が起きちゃったの?

RAKUTO豊田校

2017年02月22日 06:00

前回は、第一次世界大戦についてお話したよ。

『杉原千畝の功績って?~まずは第一次世界大戦について』
http://rakuto-toyota.jp/e396664.html

今日はその続き、第二次世界大戦について。

ドイツの負けで終わった、第一次世界大戦。
世界中の人たちは、「もう戦争は、こりごりだ。」と考えた。

そこで、国際連盟(こくさいれんめい)というものを作った。
もしも、国と国とでいさかい事がおきたら、国際連盟のみんなで話し合って、戦争にならないようにしようと考えたんだね。


ところが、またしても事件が起こる。

今度は、第一次世界大戦にきっかけとなったサラエボ事件のように、だれかが殺されちゃったというような事件ではない。
世界中で、経済がめちゃめちゃになっちゃったんだ。

原因は、第一次世界大戦のなごり。

大きな戦争が行われている時は、たくさんのものが失われて、ものが不足する。
だから、いろいろなものをたくさん作って、ものがなくて困っている国にもっていけば、たくさんお金がもうかる。
第一次世界大戦の間、アメリカや日本、イギリスなどの大きな国では、工場をどんどんたてて、がんがんものを作った。

戦争が終わって、世界に平和がおとずれると・・・今度は作りすぎたものがあまっちゃうように。
むだな工場もたくさんできてしまい、経済はたいへんなことに。

1929年10月24日には、アメリカのニューヨークで、株価が大暴落(だいぼうらく)。
世界恐慌(せかいきょうこう)といって、世界中の経済が、いっせいに冷え込んでしまった。


アメリカでは、「これは、大変。国がたくさんお金を出して、大きな工事をどんどんしよう。そうすれば、元気のなくなった国民たちにもお金が回るはずだ。」ということで、ニューディール政策というものを行った。

イギリスやフランスは、「これは大変。他の国のことなんか、かまってられない。まずは、自分の国のことだけを考えよう。」と、ブロック経済作戦を行った。
イギリスやフランスは、たくさんの植民地をもっているので、他の国と貿易(ぼうえき)なんかしなくても、なんとかやっていけちゃうんだ。


困ったのは、植民地を持たない、国たち。

日本やドイツ、イタリアなどは、「これは大変。イギリスやフランスのように植民地のないおれたちは、どうしたらいいんだ?」となってしまった。
特に、第一次大戦に負けて、たくさんの借金(しゃっきん)を背負っていたドイツは、「こんなの、やってられないよ!」状態に。
そして、ついに、「こうなったら、他の国に戦争をしかけて、国を大きくするしかない!」となってしまった。


イタリアを率いるのは、ムッソリーニさん。
1935年にアフリカのエチオピアを侵略(しんりゃく)して、1937年には国際連盟のメンバーからぬけた。

ドイツを率いるのは、ヒトラーさん。
1933年に国際連盟のメンバーからぬけて、1933年には、ベルサイユ条約の約束事をやぶって、軍隊をととのえだした。

日本では、政治家よりも軍部が力をもち、1937年7月に、中国に対して、戦争をしかける。
日中戦争のはじまりだ。

1937年、この3つの国、ドイツ・イタリア・日本は、日独伊防共協定(にちどくいぼうきょうきょうてい)というお約束を結んで、仲間となって戦争することを約束する。
そして、ついに、ドイツが動き出す。

1938年にオーストリアとチェコスロバキアを自分のものにしたドイツは、1939年9月、ヨーロッパをすべて自分のものにするために、ポーランドに戦争をしかける。
これが、第二次世界大戦のはじまりだ。

さて、ちょっと長くなったので、今日はここまで。
続きは、次回。

写真は、第二次世界大戦の様子。ウィキペディアより。
前回の、第一次世界大戦の写真とくらべてみてね。
どんなちがいがある?




⇒RAKUTOの理念
⇒コース/料金
⇒説明会/体験授業
⇒レッスンの様子はこちら

関連記事